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神田昌典の「未来にモテるマーケティング」隔週月曜日掲載

日経MJ 2018年7月16日掲載

日経MJ 2018年7月16日掲載

「AIで広告」の時代こそ――築いた信頼、販促の武器に

 人工知能(AI)による広告の最適化がはじまっている。売り手が商品情報とターゲット客さえ決めれば、あとはAIが顧客の反応に応じて広告文案を改善し続ける、という夢のような話である。もう、これで販売に苦労することはない、と喜びたくなるが、実は、ここには大きな盲点がある。あなたのライバルも、同じようにAIを取り入れるということだ。
 同じような商品を、同じようなターゲットに対して、最も反応が取れるよう、広告メッセージを最適化すれば、広告も他社と似たり寄ったりになる。つまり、AIも最終的には価格競争に陥るのである。すると、利益は瞬間蒸発する。
 そんな事態を防ぐためには何をすべきか。必要なのは「市場のコンテクスト」を変えることだ。
 「メカ」という飲食店向け食用油ろ過機のメーカーの例で説明しよう。このろ過機を使うと油の鮮度が保たれるので、揚げ物のおいしさが引き立つうえ、油の交換頻度が減るのでコスト削減も期待できる。しかし、ろ過機の業界もライバルは多い。性能差が伝わりづらく、価格競争に陥っていた。
 そこで、メカはろ過機が、「社員の安全を守る機械」であるとコンテクストを変えた。通常、閉店後の深夜におこなう油の交換作業は、油が冷めるのを待てないので、熱いうちにやるケースが多い。業務用で使う油の量は重さも相当なものなので、交換にはやけどのリスクが伴う。しかし、ろ過機を使えば従業員を危険にさらさずに済むし、深夜残業も減る。
 こうして、従業員の安全を確保することは、働き方改革を実現し、離職率を減らすことにつながる。ろ過機というツールを使って、経営改革ができるわけだ。
 そもそも、メカの原点は「安全性」にある。同社が今のろ過機を開発したきっかけは、すかいらーくの創業者の一人である横川竟氏に、「食や職場の安全性が保てるろ過機の開発」を依頼されたこと。企業のDNAに刷り込まれていることだから、従業員も自信を持って打ち出せる。
 こうして「従業員の安全」というコンテクストを前面に押し出したことで、ろ過機を導入する顧客は増えていった。さらに、「従業員の安全を実現する」ものなら、ろ過機以外のものを売っても違和感がなくなった。コンテクストを変えたからこそ、自らが活躍する舞台の規模を小さな町から、より開かれた大きな世界へと広げられた。
 AIは、既存の選択肢を組み合わせて最適化することはできるが、コンテクストを大きく変え、まったく別の選択肢を生み出すことは不可能だ。当面はマーケッターの独壇場であり、存在意義を示せる仕事といえるだろう。
 もちろん、変化したコンテクストを見よう見まねでパクる会社は出てくる。しかし、コンテクストに歴史の裏付けがある会社に、そうでない会社は及ばない。メカの例で言えば、「安全」のためにろ過機を開発した過去があるからこそ、説得力があるわけだ。
 実はAI時代に重要なのは、歴史を積み重ねること、振り返ることなのである。