日経MJ 2018年5月21日掲載

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神田昌典の「未来にモテるマーケティング」隔週月曜日掲載

日経MJ 2018年5月21日掲載

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マーケター4・0の仕事――個々の才能を引き出す

 「俺たち、IT技術者でよかったな」
 実感を込めて話すのは、一般財団法人全国地域情報化推進協会(APPLIC)に集まるIT企業のエンジニアたちだ。APPLICは、この国の地域情報化の健全な進展への寄与を目的とした非営利事業組織。
 特に注目されているのが一人暮らしの高齢者の健康管理だ。孤独死が後を絶たない中、ITを使って高齢者の社会からの孤立を防ぐことが急務だ。
 しかし、こういった取り組みは思うように進んでない。APPLICに集う技術者は新たなビジネスの仕組みをデザインすることは苦手だ。もともと異なる企業、異なる技術分野の専門家同士で会合を開いても、アイデアどころか会話にもならなかった。
 危機感を募らせたAPPLICの職員が、ある人と出会ったことで状況は一変する。その人は、三宅泰世さん。NTTアドバンステクノロジに勤めながら、産学連携のイノベーション・ワークショップを開催している人だ。
 三宅さんをファシリテーターとして招へいすると、その会合は全く異なるものになった。なじみのないビジネス書でも質問し合うことで、ほんの30分で内容を理解する。互いに話し合う読書会や、参加者全員が理想的な未来から逆算しながら創造的に問題解決策を創出。初対面同士でも本質的な対話を繰り返し、さまざまな提案を生み出せるようになった。
 例えば、ホームIoTにより高齢者をネットワークで見守るだけでなく、AIスピーカーを使った取り組みのアイデアが対話から飛び出した。一人暮らしで、声を出さなくなると、喉の筋肉が衰え、飲み込む力が弱くなる。すると食事がおろそかになり栄養不良が生じ、寝たきりになりやすい。
 しかしAIスピーカーを各家庭に設置し、「元気?」などとスタッフが声をかければ、声を出す機会をつくれる。滑舌の状態などから健康状態も把握しやすい。ホームIoTで部屋の電気や温度をモニタリングすれば安否確認も可能だ。会話もなかったエンジニアたちから、こんな提案が生まれたのである。
 もう一つ興味深い点は、三宅さんの本業は研修担当ではなく、マーケティング部門の部門長、つまりマーケターだ。世間一般のイメージから考えると、三宅さんがしていることは、マーケティングからはほど遠いように思えるかもしれない。しかし三宅さんは、まさにマーケティング4・0時代のマーケターを体現できているといっていい。
 マーケティング3・0は地球視点で社会課題を解決し、マーケティング4・0は自己実現を手助けすること。三宅さんは、いずれも満たしているからだ。今や、マーケターの役割とは、単に売り上げを増やすだけでなく、社会問題を解決し、個々の才能を引き出すことなのである。
 もし多くのマーケターがそんな意識で行動すれば、誇るべき職業に変えられ、マーケターを志す子どもたちも増えるだろう。その時、こう思えるに違いない。「俺たち、マーケターでよかったな」と。