日経MJ 2017年7月10日掲載

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日経MJ 2017年7月10日掲載

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ベッドのないビジネスホテル――常識捨てた先に革新の種

 あなたは、ベッドのないビジネスホテルを想像できるだろうか? しかも、そのホテルは、地方都市にありながら、92%の稼働率を誇ると聞いたら?
 従来のホテルを大きく超えたイノベーションを実現しているのが、埼玉県幸手市にある「ホテルグリーンコア」だ。このホテルはあらゆる面で常識破りだ。通常、ビジネスホテルといえば、狭い部屋の多くをベッドが占拠し、部屋にひとりで帰って寝るだけ。しかし、ここにはベッドがない。素足で過ごせるフローリングの床の真ん中に、掘りごたつ式の机があるだけだ。
 ただ、この形状にしたことで、12平方メートルの部屋を、宿泊者は自由に柔軟に使えるようになった。机で仕事をしてもいいし、出張者同士が集まって鍋を囲んでもいい。眠くなったら、机を片付けて掘りごたつの床を埋めれば、布団を敷ける。そんな部屋を作り上げた。
 この新しいコンセプトを可能にしたのは、段ボール材でできた家具だ。グリーンコアの経営元は金子包装という段ボール材メーカー。本業を生かして開発した机を含む多くの設備が段ボール材なので、軽くて移動させやすい。だから、ベッドを置かなくてもいいわけだ。リサイクル率は80%を超え、環境にもいい。
 思いきった部屋作りをした理由は、差別化の必要性を痛感したことだ。老朽化した建物をリニューアルしようとしたところ、近くの全国チェーンのビジネスホテルと同じ設備を提案された。全国チェーンは自社よりも安い値段で設備をつくっているはず。同じことをすれば価格競争になった時、確実に負ける。そこで行き着いたのが、ベッドのない部屋だった。
 この決断は、予想以上に大きな効果を生み出した。出張者同士が部屋に集まるので、周辺の飲食店から仕出しを頼めるようにしたところ、周辺の店の収益もアップ。部屋のなかで子供を気兼ねなく遊ばせておけるので、昼間は地域住民のママ会などにも使ってもらえるようになり、高稼働率を達成できるようになった。
 さらに地域に開かれたことで、地方創生の起爆剤として期待されるようになった。国土交通省のプロジェクトで、茨城県坂東市の市有地を賃借し、ホテルを建てることが認められた。
 素晴らしい景勝地や史跡があっても、ホテルがなければ誰も来ないから、地域行政側は是が非でもホテルが欲しい。しかし、坂東市は鉄道が走っていないので、出店する事業者が見つからなかった。それに対し、グリーンコアは、地域住民の需要も取り込めるので、駅がなくても十分に経営が成り立つと判断した。
 出張ビジネスマン同士の交流を促し、地域の雇用を増やし、住民にも開かれたホテルに。駅のない街の、地域活性化は、すべて「ベッドをなくす」という、一ビジネスホテルの挑戦から、始まったのである。
 過去から当然に、顧客のために提供してきたものが、未来の顧客にとっては邪魔になってしまう。
 あなたの事業から、捨て去るべき常識はないだろうか? 捨てた後の空白に、イノベーションの種は宿るのである。