財政出動で脱デフレ? ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」19/9/30号

2019/10/7

「神田さん、一緒に銀行つくりましょうよ」――。
15年前、元銀行マンに冗談まじりに言われたことがある。

彼いわく「借り手さえいれば、銀行は確実にもうかる仕組みなんです」。

理屈はシンプル。
1000万円貸しても、借り手が当面100万円しか使わなければ、900万円が口座に残る。

借り手がそのお金で給与を支払っても、社員の口座が同じ銀行ならば、銀行の現金残高は大きく減じることはない。
そのお金を銀行が別の人に貸せば、その分だけお金は増える。

要は、無から有を生む。
これが、いわゆる銀行の「信用創造」機能だ。

この仕組みは常識だが、その常識を、国の金融政策にまで延長して考えると、非常識な結論となる。

元京大准教授の中野剛志氏が、自著「奇跡の経済教室」で詳しく解説している。
中野氏によれば、自国通貨建てで国債を発行する限りは、どんなに国の借金が増えてもデフォルトしない。

だから、今、すべきことは、財政健全化より、大規模な財政出動で需要を創出すること。
つまり、デフレを終焉させるには、現在の経済政策の真逆をとらなければならない、という。

中野氏の理論は現在、経済学分野で注目を集め、論争になっているMMT(現代貨幣理論)に類する考え方だ。

大学院で常識的な経済学を学んだ私としては、にわかに信じ難かったが、
ここ20年、中小企業と触れ合ったマーケッターの現場感覚でいうと、このMMT的解釈のほうがふに落ちることも多い。

「以前の何倍も働いているのに、収入は一向に増えない」
「業務効率化のために、IT(情報技術)投資を加速しているが、収益性改善につながらない」。

こうした問題は経営努力が足りないせいだと思ってきたが、
MMT理論によれば、インフレどころか、デフレを誘導してきたことが原因だと説明される。

増税と緊縮財政で、総需要を減らす圧力をかけているのだから、
経営者から見れば、下りエスカレーターに乗り込んだようなもの。

全速力で上に駆けあがろうとしても、年々下降するスピードが速くなるので、働けど、会社は苦しくなる。

ビジネスモデルを変革し生産性をあげても、さらにデフレ、すなわち買い控えへと誘導されるのだから、
社会貢献意識が高く、ポジティブな経営者も、さすがに音を上げはじめている。

現在、経営者の平均年齢は約60歳。どんなに責任感が高くても、60歳から頑張るのは、もはや無理だ。
それでも頑張ろうとする経営者も人間ドックで病気が発覚した途端に、黒字会社でも廃業せざるを得ない。

これが偽りなき現場感覚だ。

この10月の消費税アップは厳しい実験になるだろう。
さらにデフレが進行すれば、現在、3社に1社が抱えているといわれる廃業リスクが顕在化する。

将来、経済政策の過ちだったと判明したとしても、失われた会社をよみがえらせることはできない。

増税後の経営へのインパクトを考えるうえでも「奇跡の経済教室」で展開される理論が正しいかどうかを、
政策担当者、経営者たちは自ら判断するタイミングにあるだろう。

 

 

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