コンサルティングの仕事は原子力の研究と同じだった

―――「コンサルタント思考」というのは、じつをいうと“大前思考”じゃないかなと思うんですね。というのは、三十年近く前に大前先生がまとめられた『企業参謀』(講談社文庫)に書かれている内容が、いまもって私たちがコンサルティングをやっていくうえでの一つのモデルになっています。先生があの本を出されたのは三十二歳のときだったということですが、コンサルタント思考を、先生は初めから身につけていたのですか。
大前 僕は学生時代、MBAとか経営の勉強をしていたわけじゃなくて、原子力を専攻していたのね。日立製作所の原子力開発部を経て、二十九歳のときに、経営コンサルティングのマッキンゼー・アンド・カンパニーにポコッと入って・・・・・・。
最初は「何をやる会社なんだろう」と思ったんだよ。コンサルティングって、どうゆうことやるのかな、と。当時はマッキンゼーのやっている「コンサルタント」なんて、日本では誰も理解していなかったからね。
入社して一年間ほど、これまで原子力を研究してきた思考法で、「マッキンゼーがどんなことをしている会社なのか」を、大学ノートにメモをしていたわけ。
そのメモを、そのまま本にしたのが『企業参謀』なんだ。入社一年で書いたわけだから、最初からコンサルタント思考があったのかと聞かれると、あったのかな。(笑)
―――コンサルティングという仕事を、原子力を研究するプロセスと同じように実践していったのですか。
大前 コンサルティングというのは、実験と同じで、マッキンゼーで僕は、いわばエンジニアとしての仕事しかしていないのよ。たとえば、担当している会社の売上げシェアが落ちたとする。すると売上げを上げているセールスマンと、上げていないセールスマン、売れている地域と売れていない地域を並べて、違いをみていく。
そのうえで、売上げが落ちている理由を、「これではない」「これでもない」と一つひとつ外していく。科学でいう実験計画法だね。そこからどうすれば売れるかの仮説を出して、試してみる。だから、いわゆるロジカルシンキングというのは、じつは科学的実験法と同じなんだ。
僕は、原子炉技術者としてやってきたアプローチを、マッキンゼーのなかでもやってみたわけ。そうしたら、マッキンゼーで考えていた科学的経営手法と、僕のやっていることがほとんど一緒だったんだよね。
―――当時は、大前先生が直接現場に入って、すべて自分でやっていたんですか。営業をしつつ、提案書をつくり、リサーチもしてというように。
大前 もちろん。だって、現場といっても、僕一人しかいないんだから(笑)。そもそも科学者というのは、そういうふうにやるもんなんだよ。証明したいことがあると、自分で仮説と実験計画を立てて、装置をつくって実験してみる。それで仮説が正しいかどうかを検証して、世の中でいままで証明されてこなかったことを、自分が証明して論文を書く。
これはもう、人になんか任せられないよね。科学者は、誰か前に人がやったことと同じものを証明しても、二流の科学者なんだよ。世界で初めてのことをやらないと、一流の科学者じゃない。僕はコンサルティングというのは、人に任せられないと思っているから。やはり、自分の頭で考えないとダメ。だからいまだにそうで、やると決めたコンサルティングの仕事は、すべて自分自身でやるけれど、一度自分自身はやらないと決めたものは、ほかのチームに任せて、僕はいっさいタッチしない。中途半端に関わることはしないんだ。

一つの錠前を開けられるのは一つの鍵しかありえない
―――コンサルティングの付加価値とは、答えがないところから答えを創造することにあるんですね。
大前 そうだね。これは、日本の教育を受けたかぎりは絶対に身につかない。日本の教育は答えを教えて、答えを覚えさせようとする。でも、科学者が人の出した答えをなぞっても意味がないように、コンサルタントも答えが用意されていない世界なんだよね。すべての会社は、そのときどきにおいて、違う状況にあるのだから、答えなんか初めからあるわけないのよ。
ただ、答えがないというのは不安なんだ。高いお金をもらいながら、答えが見つからないかもしれないところに入っていかなくてはいけない。そうすると、ダメなコンサルタントは、べつの会社に通用した答えを正しい答えだと思い込んで、その会社に当てはめられるかどうかの証明を始めてしまうわけ。「あっ、これって、A社のケースと同じだ」なんて思いはじめると、そこから先は、A社の視点からその会社をみるから、バイアスがかかってしまう。染色体は一社ずつ違うから、それでは答えは出ないはずなのに、相手をまともにみようとしなくなるんだ。
同じ業界でも、同じやい方でいいとは限らないし、同じ会社だって状況の変化によってやり方を変えなくてはいけない。マッキンゼー的にいえば、テーラー・メードのソリューション、わかりやすくいうと「錠前と鍵」の関係。一つの錠前を開けられるのは、一つの鍵しかない。それを見つけるのが、コンサルタントのはず。だから、きわめて孤独で、不安な仕事なんだよ。ときには相手に対して、自分も初めて発見したばかりのことをいわなければいけないしね。
人と同じことをいっていたらオベンチャラ屋でしかない

―――コンサルタント思考というと、多くの人はデータを集めて、正確な分析をすることだと誤解していると思います。しかし、分析だけだと経営者の行動に結びつく観点は与えられませんよね。
 
大前 リサーチ会社がコンサルティングをやると、うまくいかないことが多い。リサーチとコンサルタントの基本的な違いは、リサーチにはデータベースと正確な分析が重要なこと。天気予報なんかはその典型だけど、あれはリサーチ会社がやるよね。「今日の雨の降る確率は10%です」とか、その精度を上げることを一生懸命にやっている。
コンサルタントはそうじゃなくて、「社長、今日は傘をもっていきなさい」と結論を出さなければいけない。「今日の雨の確率は10%です」とアドバイスしても、社長としては「それでオレはどうすればいいんだ」となる。
だからコンサルタントとは、「傘をもっていきなさい」のひと言がいえるか、いえないかなんだ。リサーチ会社的発想だと、そこがいえないし、日本人は概して苦手だよね。
―――それは、「ひるまない」ということですね。多くの人は自分で責任を取りたくないし、カッコ悪い姿をみせたくもないので、何かものをいう前にひるんじゃいます。
大前 そんな人は、コンサルタントなんてできるわけがないね。自慢するわけじゃないけど、僕はひるまないというか、「こんなこと、オレがやっていいのかな」なんて考えたことがない。頼まれたから、やっているんだと・・・・・・。
―――ひるまないコツというのはあるんですか。
大前 僕は、ひるむ勉強をしていないんだよ(笑)。相手に合わせるんだったら、僕の存在価値はないじゃない。人と違うことをいうから、僕の価値があるわけだよ。
コンサルタントが人と同じことをいっていたら、オベンチャラ屋だよ。それでは社長のやっていることに、ただお墨付きを与えているだけ。コンサルタントというのは、多くの場合、「社長、それは違います。こうですよ!」といわなければいけない。
ただし一方で、経営トップに対して間違った提言をしたことに気づいたとしたら、すぐに電話して、「あれ、もう一回考え直しましょう」ともいえなければダメ。
だって、状況は刻々と変わるものだから、自分の言っているように100%正しく進むとは限らないからね。

答えのない時代だからこそ誰もが要求されるスキル
―――お話をうかがっていると、コンサルタント思考では、分析する事が大切なのではなくて、分析の先にある先見力、構想力が重要だと痛感しました。ただ読者の方にとっては、「それは大前研一だからできるんだよ」と感じるかもしれません。先見力、構想力というのは、誰でも身につけることができるものなんでしょうか。
大前 できる、できる。まさにいま、僕が運営しているアタッカーズ、ビジネススクールという起業家学校で、それをやっているんだ。
そこでは、考え方の道筋を教えていて、たとえば、「携帯電話はここまでの機能があるけれど、双方向になったらこんなことができる・・・・・・」というように、僕がものを考えていく道筋を生徒に伝えていく。つまり、僕の頭の動きに合わせて、みんなの頭も一緒に動いていく。これをずっと続けると、僕の考えなのに、みんな自分の頭で考えたような錯覚をもつわけ。そこで僕は立ち止まって、「あとは君たちで考えなさい」と親離れさせると、そこから先、自分で考えられるようになる。100%可能だと思うよ。まあ『THE 21』を読むだけでは、難しいけどね。(笑)
―――ということは、どんな人でも起業して成功するアイデアを生む学習法があるということですね。
大前 あると思う。僕は科学者だったから、世界に例のないものをつくらなければいけないという訓練を受けた。その後、マッキンゼーに入った。そこでは破格のコンサルティング料を企業にいただいているから、「何かしら価値を生まないと追い出される」という強迫観念の下で仕事をしてきた。そうした特殊な環境に置かれたことで、僕は能力を身に付けられたんだと思う。べつに自分が特殊な人間だったからではないんだよね。
―――いまの時代、多くの優秀なサラリーマンは「成功したい」という強迫観念をもっていると思います。するとその気になれば、大前先生のように、コンサルタント思考を身につけやすい環境にありますね。
大前 いまなぜ、コンサルタント思考が必要かというと、二十一世紀は誰にとっても「答えがない時代」だから。二十世紀は、欧米に追いつけ追い越せでやればよかった・・・・・・つまり、答えがあったんだよ。だけど、いまは答えがない。だからこそ、答えのないものに対してテーラー・メードする能力=コンサルティング思考が、あらゆる人に要求されているんだ。
そして、たとえ答えがなくても、自分はこれに違いないと思ったら、とにかく果敢に歩きはじめること。間違ったら素直に反省して、またやり直す――いまという時代は、誰でもミステークは起こり得るから、むしろ、「間違ったって恥ずかしくない」というぐらい開き直らなきゃダメだと思うね。
1943年、福岡県生まれ。日立製作所を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。
日本支社長、本社ディレクターの要職を歴任。95年に同社を退社。現在は、UCLA政策学部教授、ビジネス・ブレーク・スルー(BBT)代表。起業家学校「アタッカーズ・ビジネススクール」塾長としても活躍中。著書に、『日本の真実』(小学館)ほか多数。
私が経営コンサルタントになったのは、「大前研一氏に憧れて」といっても過言ではない。
外務省に入省したものの、私は自分がほんとうにやりたい仕事が見つかったわけではなかった。そんなときに、大前氏の著書を読んでコンサルタントという仕事を知り、自分が進むべき道がみえてきたのだ。
だから今回、大前氏にお会いできたことは、正直嬉しかった。そして話を聞いて、大前氏の表に現われにくい成功の秘訣を目の当たりにすることができた。
大前流のコンサルティングとは、一般に「ロジカルシンキング」とか「戦略的思考」といった言葉で解釈されやすい。加えて、大前氏自身が「EQ」とか「右脳」といった言葉をよく用いるように、ロジカルシンキングと直感に基づいた決断力との微妙な使い分けが、氏の魅力であり強みであるように思う。
その印象自体は変わらないのだが、今回強く感じたのは、ロジカルシンキングとはある意味正反対で、直感力とも異なる「ひるまない覚悟」が、じつは大前氏を支えてきた重要な資質であるということだった。
事実、氏の歩んできた道のりをみると、とてもロジカルシンキングでは説明がつかないような選択を数多くしている。
そもそも日立製作所からマッキンゼーに転職したのも、その一つ。
大前氏が入社した当時のマッキンゼーはまだ日本に進出したばかりで、知名度が低かった。にも関わらず、コンサルティング料は月2500万円と桁違いに高額であった。
大前氏は提案書をもって約500社の日本企業を回ったが、まったく相手にされなかったという。ここで普通のコンサルタントなら、
「2500万円という金額設定は無謀だから、500万円ぐらいから始めましょう」
と上司に相談するはずだ。だが大前氏は断られるとわかっていながら、提案書を書き続ける。
そこには、一度自分がマッキンゼーという会社を選んだかぎりは、たとえ問題にぶつかったとしてもひるまずに、その問題が起きている状況自体をつくり替えようとする、強い意志が感じられる。
一方で、大前氏は用意周到だ。インタビューでは、大学ノートのメモがたまたま『企業参謀』として出版されたような口ぶりだったが、書き溜めた原稿が本になれば、その後どう展開していくのか、おぼろげながらみえていたはずだ。
そして、この『企業参謀』が社会的に高い評価を得たことを契機に、道が拓かれ、2500万円という高額のコンサルティング契約が次々と成立する状況がつくり出されていく。
こうした不可能とも思える状況でもひるまない強靭さと、状況を変えていくための用意周到さの二面性が、大前氏の真骨頂であるといえるだろう。
私たちは大前氏の著書から、ロジカルシンキングや戦略的思考の大切さを学ぶ。しかし、ほんとうに学ぶべきことは、「ひるまない覚悟」だと思う。
ひるまない覚悟があるから、氏は答えがない状況であっても一歩を踏み出すことができる。未知の成果に入り込んでも逃げずに、言葉を発していく。
逆に、その覚悟がない人間に、将来を見通すことなどできはしない。覚悟があって初めて、答えが明確なかたちで、自信をもってみえてくるのではなかろうか。
ひるまない覚悟こそ、私たちに求められているコンサルタント思考のなかでも、決して欠かすことができない要素であることを、私は改めて大前氏に学んだ気がした。

『THE 21』9月号/PHP研究所 特別企画 「大前研一の頭脳」に神田昌典が迫る!
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