管理された工業化社会で人は自分を見失っていた
―――-コヴィー博士は、世界的なベストセラーとなった『7つの習慣』の著者でいらっしゃいますが、このたび「The 8th Habit:From Effectiveness to Greatness」(邦題 『第8の習慣:仮題』/キングベア出版より、四月慣行予定)をアメリカでご出版されたとうかがっています。その内容を目本の読者にも簡単に教えていただけますか。
コヴィー 「7つの習慣」が文化、宗教、人種、国民性のすべてを超越した普遍的真理だとすれば、「第8の習慣」は、人間一人ひとりの内面に注目したもの。ひと言でいうと、まず自分の内なる声を聞き、さらに他人にもその重要性を伝えていくということです。内なる声とは、自由意志と、知能指数(IQ)、感情指数(EQ)、肉体的な能力、精神的な能力という四つの力を意昧します。
みていてください(マッチを取り出して火を点ける)。こんなに小さなマッチ棒の炎でも、犬きな力が秘められていることをご存じですか。このマッチ棒一本で、真っ暗な部屋に光を与えることもできれば、巨大な建物を焼き尽くすこともできます。本来、この力と同じような力を、私たちも生まれながらにして与えられているのです。そして、他の人にもこの力がもてるように、われわれは手助けしていかなければなりません(そしてもう一本のマッチに火を移す)。
組織のなかで、絶えず黄金の卵を産んでくれるようなガチョウを手にするには、「7つの習慣」に加え、こうした「第8の習憤」をメンバー全員が共有することから始まるのです。
―――内なる声の"声。というメタファー(たとえ)は、非常にいい表現だと思います。そのイメージはどこからきているのですか。
コヴィー 管理された工業化社会のなかで、人は自分というものを見失ってしまいました。会社では白分の好きなことができず、また家庭では妻や子供たちのあいだで愛が保てない…。私たちはいま、自分が何者で、何をするために生まれてきたのかという、まさに自分の内なる"声"を聞くことを忘れてしまっているのではないか、そう思ったのです。
―――もっとも、目本に比べるとアメリカの労働者は自己主張もするし、自分をしっかリもっているのではないですか。
コヴィー アメリカでも、個人の主張や悩みに耳を傾けてくれるのは、せいぜい弁護士で(笑)、会杜は派閥でがんじがらめになっています。それが管理社会というものなのです。サッカーを例に挙げると、十一人の選手のなかでゴールがどこにあるか知っているのはせいぜい四人で、さらに自分の役割がわかっているとなると、二人だけ。この割合は、日本でもアメリカでも変わらないと思います。
―――ところで今回、コヴィー博士は、「7つの習慣」の内容をティーンにやさしく教えるプログラム(「7つの習慣J」)を普及されるために、ご来日されたそうですね。実際、いくつかの小学校を回られたとのことですが、アメリカと日本の子供では、何か反応の違いがありましたか。
コヴィー ほとんど差は感じられませんでしたね。日本の子供のほうが、いくぶん規律正しいことくらいでしょうか。「7つの習慣J」は、直接、テストの点数を上げるようなことを目的としたプログラムではありませんが、よりよく生きるための原理原則が身につくものとして、日本の子供やそのご両親にも理解していただけると思います。日本でも今後、三百近くの学習塾で、導入される予定です。
間題の本質に気づき次の成功に結びつけよ

―――日本のビジネスマンは、年頭に当たってその年の目標を設定する習慣がありますが、コヴィー博士は、いつどのようにして仕事の目標を決めるのですか。
コヴィー たとえば、私がスポーツ・チームをコーチするときは、必ず六つの目標を設定します。一つ目はチームのために働く。二つ目は楽しむ。三つ目は学ぶ。四つ目は最善を尽くす。五つ目はスポーツマンシップを発揮する。そして最後、六つ目が勝つことです。
そうすると、たとえゲームに敗れたとしても、六つのうち五つの目標は、達成可能だということです。私はこのようなことをいつも孫たちに教えているのですが、なにせ四十二人もいるので、時間がいくらあっても足りません。(笑)
そして目標を考える際、いちばん重要なことは、目標というものは、一度決めたらそれで終わりではなく、絶えず見直す必要があるということでしょう。
―――コヴィー博士は、どれくらいの頻度で目標を考えたり、見直したリするのですか。
コヴィー もちろん、毎朝です。今日一日、自分が何を達成したいのか、最低一時間は考えるところから、私の一日は始まります。なぜなら、物事というのは、すべて二回創造されるからです。最初は頭の中で、次が現実の世界で、ですね。
―――多くの日本のビジネスマンは、目標はできるだけ短期間で立て、しかも一度決めたら変更してはいけないものと信じ込んでいるのかもしれません。それだけに、コヴィー博士が毎朝、一時問もかけて目標を頭でイメージし直しているというのは驚きでした。ときに目標そのものが変わってくることもあリ得ると思うのですが、かまわないのでしょうか。
コヴィー 大切なのは、まず自分のミッション(使命)とは何かを定めること。そして、それを言葉にしたミツション・ステートメント(個人的な憲法、信条)さえ揺らがなければ、目標が変化することを恐れることはありません。
もし、私のところにいま誰かが、面白くてインパクトのあるプロジェクトをもってきてくれたなら、私はすぐにでも明日の予定を変更して、そのプロジェクトに取り掛かりますよ。私の背中には、口ケット・エンジンが積んであって、すぐに点火できるようになっているんです。(笑)
そもそも新年を迎えたからと、無理やり目標設定をしても、二週間もすれば綿アメのように消えてなくなっているのでは……。なぜだと思いますか。それは目標が内面化していない、つまり、自分の内なる声に従っていないからです。
―――しかし、目標が内面化するようになるまで考え抜いたとしても、実際には、実現できないこともあるはずですが……。
コヴィー 目標がうまく達成できなかった場合は、むしろどこに間題があったのかを検証できるチャンスです。最初に思慮が足りなかったのか、それとも決意が不十分だったのか、あるいは、チームで仕事をするならば、メンバーの意識を自分と同じレベルまで引き上げることを怠っていたのか。どんな失敗であれ、間題の本質に気づき、そこから教訓を得ることができれば、次の成功に結びつくということを忘れてはいけません

これからの知的労働者は、目標を設定するのも変更するのも、必ず自分たちで行なうというのが、当たり前になってくるでしょう。

―――会社で与えられる営業目標も、同じように柔軟に考えていいのでしょうか。

コヴィー その目標がいかにして決まったかによって、答えは違ってきます。もし、それが上から一方的に通告されたものであれば、あらゆる犠牲を払ってでも達成しようとは、誰も思わないでしょう。逆に目標を決める時点で、その仕事に関わる人全員の意思が反映されていれば、みんな一丸となってその目標を達成しようという気運が生まれます。
そもそも、誰かに目標を決めてもらうということ自体が、古い工業化時代の発想です。これからの知的労働者は、目標を設定するのも変更するのも、必ず自分たちで行なうというのが当たり前になってくるでしょう。そうでなければ、この知的情報時代にクリエイティブな仕事などできません。
無条件の愛情を示すことしか親が子供にできることはない

―――ところで、私の知人が一念発起して家族のミッション・ステートメントをつくり、娘に「「これがわが家の家訓だ」と伝えたら、まるで相手にされなかったとこぼしていました。やはり、プロセスに問題があったのでしょうか。

コヴィー

その彼の間違いは、自分で決めたミツション・ステートメントを娘さんに伝えようとしたところにあります。家族のミッション・ステートメントは父親が伝えるものではなく、あくまで家族みんなで考えるものなのです。私の家にもミッション・ステートメントがありますが、それを決めるのにはじつに八カ月かかりました。

―――もしよろしければ、コヴィー家のミッション・ステートメントを教えてください。
コヴィー いいでしょう。「わが家は信仰、秩序、真理、愛、幸福、癒しを養う場であること」「家族一人ひとりは責任をもって独立し、社会に対して有意義な貢献をすること」「私たちの信仰するキリストの福音を学び、実践しながら生活する」の三つです。
現在、引き続きコヴィー家では、家庭の特質、個人に対する効果、杜会貢献、全員の力の源、それらすべてに関して家族全員の意見をまとめる作業を、毎週日曜の午後に行なっています。また、そこで決まったことはすべて紙に書き、冷蔵庫に貼りつけておきます。そして、次の日曜にまた全員で検証するわけです。
―――とくに十代の子供だと、親が示すポジティブな考えや生き方に反抗して、ネガティブな行動をとりがちですが、彼らを巻き込むいい方法があれぱ、ぜひ教えてください。
コヴィー 彼らが親に反抗するのは、自分のアイデンティティーを認めてほしい気持ちから、親の忍耐力を試そうとしているのです。それに対し親ができるのは、無条件の愛情を示すこと以外にありません。できるだけ一対一で向き合う時間を多くし、彼らの言葉にじっと耳を傾けてください。そして、子供がいま興味をもっているものを探り、一緒に参加するようにするのです。そうしているうちに子供の心に、「自分は親からわかってもらっているんだ」という感覚が生まれれば、やがて自分から家族の一員として振る舞うようになるでしょう。
私は以前、大事な商談に十歳の娘を連れていったことがあります。娘がずっと前から、私とのデートを計画していた日だったからです。商談のあと、クライアントから夕食に誘われましたが、私は迷わず誘いを断りました。たいへん勇気のいることでしたが、そういう試練を乗り越えないかぎり、親子の絆を確固たるものにはできません。
そしていまは親となった私の娘が、今度は白分の子供に同じようなことをしてくれています。私の擦ったマッチの炎が、彼女のマッチにも移ったのです。
―――会社におけるプロジェクト・チームのマネジメントも、基本は家族に対するマネジメントと同じようにやればいいわけですね。
コヴィー ありがとう。私が言いたかったことも、まさにそのことなのです。メンバーそれぞれが自分の内なる声に耳を傾けること。そして、それを可能にするリーダーシップこそ、いま会杜のなかで求められています。そうした力は、家族と真剣に向き合うことで初めて、養うことができるのです。

八一バード大学でMBAを取得後、ブリガム・ヤング大学で博士号を取り、同大学の組織行動および経営管理の教授を務め、約30年問にわたり、アメリカの最優良経営コンサルタントとして活躍。

C0VEY LEADERSHlP CENTERを1983年に設立。
97年、フランクリン・クエスト社と合併し、現在、フランクリン・コヴィー社の副会長を務めながら、世界各国の政府やリーダーの]ンサルタントとして活躍中。著書の「The 7Habits Highly Effective people」(邦題『7つの習慣一成功には原則」があった!」)をはじめ、『First Things First』『Principle Centered Leadership』は、いずれもミリオンセラーを記録している。

 

今回の対談は驚きの連続だった。当初私は、1ヵ月、1年、10年などと目標を短・中長期に分け、どうすればそれをうまく達成できるかといった話を、コヴィー博士がされるのではないかと予想していた。しかし、実際は違った。


コヴィー博士は、一度決めた目標に対して、それほど執着しなくていいという。むしろ、大事なのは、「目分の内なる声」を聞いて、それに従うこと。その決意さえできていれば、あらかじめ立てた目標をその場、その場で柔軟に変えてもかまわないし、実際、コヴィー博士もそうしているそうである。


また、多くの時問を費やして家族の話をされたのも印象的だった。コヴィー家はそのミッション・ステートメントを完成するのに8ヵ月もかかり、しかもその話し合いのために、毎週家族が集まったのだそうだ。家訓をつくるのに家族全員が8ヵ月も時問をかけるなど、日本ではまず考えられない。文化の違いといってしまえばそれまでだが、それ以上の深い意味があるようだ。


よく考えれば、家族ほどマネジメントが難しい組織はない。そこには、金銭的な報酬が介在しないからだ。家族がそれぞれ望ましい役割をこなし、一つの集団として機能するためには、理念や愛という、どうしても抽象的な言葉で表現せざるを得ない何かが必要だ。ところが、たとえば父親がそれを決めたとして、他の家族を従わせようとしたところで、うまくいかない。家訓を共有する唯一の方法は、全員が話し合いに加わり、それぞれの内なる声をすり合わせながら、時問をかけて一致点を探していくしかないのである。


この考え方は、そっくりそのまま、プロジェクト・チームのマネジメント・システムに応用できる。プロジェクトとして成果を挙げるためには、個々のメンバーが最高のパフォーマンスを発揮しなければならない。それには、絶対に目標を達成してみせるぞという強い覚悟を、メンバー全員がもたなければならないのだ。
それは結局、仕事の目的や意義について、みんなが納得するプ□セスで話し合う必要があるのだ。だが、いかに目標を達成するかといった戦略会議には時問をかけても、目標そのものを決めるに際し、メンバーの意思統一をじっくり時間をかけてやるというプロジェクトが日本にどれだけあるか、疑問である。


日本企業が目標というものの本質をきちんと理解していないことの一面は、成果主義賃金制度の導入の仕方にも現われている。多くの場合、日本企業の目標管理シートは、1行目に今年達成すべき、″目標″を書く欄がある。しかし本来、そこにあなたが書くべきことは、あなたの内なる声に従った、あなたのミッション・ステートメントのはずである。むろん、それを上司が理解していることも大切だ。


これは余談だが、私はこれまで投資先を評価するのに、必ず経営者の夫婦仲をチェックしてきた。奥さん1人相手にすらリーダーシップを発揮できない人が、会社でよきリーダーになれるとは思えないからだ。古今東西ありとあらゆる成功のメカニズムを知り尽くしているコヴィー博士が、家族の大切さをあれだけ強調したこと、ぜひ読者の方も肝に銘じておいてほしい。


現在、コヴィー博士はアメリカ西海岸に「責任の像」をつくろうと奔走している。これはいうまでもなく、東海岸の「自由の女神像」に対するものだ。コヴィー博士は、「責任の像」をつくることで、エゴにまみれた現代のアメリカに「目由は責任を伴う」という普遍的真理を教えようとしている。彼がもう70歳を超えていることを考えると、その情熱とエネルギーには驚愕するよりほかない。わたしたちも、コヴィー博士にあやかり、知的情報社会における新しい、企業像、組織像というものをつくり上げていこうではないか。

 

『THE 21』2005年1月号/PHP研究所 新年特別企画

「S・R・コヴィー博士の成功法則」に神田昌典が迫る!
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この文章は、PHP研究所様のご好意により、記事中テキストのみを掲載させていただいております。

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